2018年11月10日土曜日

外とのつながりを作ろう!(後編)

 117日に金魚坂さんで珈琲をいただきながら、ゆっこMina対談して録音したものを文字起こししたものの後編です。
 以下、ゆっこ⇒ゆ、MinaM です。

前編は>こちら

M「たぶん内向きになりやすい人って、外とつながりにくい人だから。私もそうだった、私もあかちゃんを育てている時に大変だった。ツイッターもやってないし、本当にせまかったですよ」

ゆ「母親によく言われるのが、(四六時中子どもと向き合ってばかりだから)『大人と話したい』って」


M「私はそういう相手もいなかったから。本当に日本語しゃべってないくらいの。それプラス、毎日同じに見えるんですよ。子どもの一日一日の変化が変わってないように見えるから、毎日ずっとこうなのかなと。一人目の時は、結構しんどかったんです。虐待までいってないと信じたい。ひとり目の時は、泣いていたら泣き止ませなきゃいけないと思っていて、でも四時間くらい泣き止まない。『ちょっと泣いていて』と言って、ドアを閉めることができなかったんですよね。まわりから『虐待じゃないか』と思われるんじゃないかと。10分放置していたらネグレクトじゃないかって。最後までつくすのが義務なのかな。それができないってことは、母親としてダメなんじゃないかって」



ゆ「完璧主義的な」


M「そそ。2009年の前半は、メンタルやられていたんです。そこで性格ががらっと変わって…」


ゆ「今は外向きに」

M「今はかなり外向きになったと思います。かなり楽ですね。人の手も借りられるし。『こんなに手伝ってもらっているのに、私、全然だめだ』と、精神的にはりつめちゃって。仕事も行けなくなっちゃって、一回精神科に行って、今さんに言わせてみると『最後の最後までまわりに助けてと言えない人が多いから』と。もっと早く『助けて』と言えていた方がよかったんですよね。『あ、こんなふうに自分を追いつめてはだめだ』と自分で思って、『完璧主義はだめだ。まわりを気にして全然怒られないようにするのは無理っぽい』と思って。で、変わったのは、『最初から手伝ってもらっちゃえ』って、ちょっと力が抜けた感じになって、今に至る」

ゆ「わたし文鳥一羽ひなから育てるだけで、育児ノイローゼになりましたからね(笑)」

M「今わたし、『この人が歩くの手伝ったらひとりで歩くよりも安全かもしれない。喜んでくれるかもしれない』と、考えられるようになった。人にも声をかけられるようになって、6年ずっと通勤で一緒になる人もできた。目の見えない人から『こういう活動するんですけど手伝ってくれませんか』というメールが入るようになった。ちょっといい方に考えて積み重ねていたら、今や最先端だぞと。外とのつながり、こもりがちだったころよりも、今の方がぜんぜん楽だし。

ゆ「私も講演会の準備で、外に出るようになりました。だから体の調子も徐々にあがってきて、杖無しで遠出ができるようになってきています」

Mゆっこさんは、今もツイッターのプロフィールに『他人と会うと発狂します』と書いてありますが、変えないんですか?」

ゆ「あれは変えられません(笑)」

子ども虐待防止策の講演会については…
https://2018actokyo.blogspot.com/2018/09/ac-tokyo2018-kokuti.html


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